今、巷で一大ムーブメントとなっている神話について考えてみようじゃありませんか。え? なんの神話ですかって? そりゃもうアレです。アレですともさ。そう「クトゥルー」ですよ。
某ライトノベル(ってまわりくどいですね。もちろん「ニャル子さん」ですよ、ええ)発刊頃からですかねぇ、ぐいぐいと這い寄って、今じゃあ、ゲームにアニメにそりゃもうサブカル地平大侵略です。
あ、ちなみに自分がクトゥルーを知ったのは30年以上も前のこと。べ、別ににわかじゃないんだからねっ。でもって、小説から入ったので『クトゥルフ』じゃあなくて『クトゥルー』なんだからねっ。まあ、どっちでもいいんですけど。
というわけで、クトゥルーものをわたしも考えてみましたよ。
邪神もすなるクトゥルフゲームといふものを、地球人もしてみむとてするなり。ですよ。
って、どんな日記だってんですか。
超有名なモチーフですから、これまでさまざまなゲームとして顕現しちゃってるわけですけれど、どうも人間視点でのゲームとなっているものが多いようですな。てことで、今回ゲームを考案するにあたって新基軸をどこに設定しようかと思った結果たどりついたのが、これ。
「そうだ、邪神プレイだ」
はい、各プレイヤーはそれぞれ邪神となって、地球の各都市を侵略していこうじゃないですか。てな感じのゲームですね。
侵略をすすめていくには、リソースが必要となります。それは何かというと、人間、もっと具体的には人間の『SAN値』が資源の代わりです。人間を襲って得たSAN値を元手に、さらなる侵略を繰り広げ、SAN値を獲得。でも人間は逃げたり死んだり反撃してきたりで、そこでもリソースを使わざるを得ず、結果、なまらカツカツなリソース管理が重要になってきます。
また、各都市制圧するために虜囚となった人間を移動させ、さらに都市を制圧していきます。
リソース管理だけではなく、ピックアンドデリバリーの要素もあり、それがゲームの悩みどころになっていくという、いろんな意味でシビアなゲームとなりますよ。
タイトルは、
「正気の時代」ワレスっ! ワレスぅ!(ダジャレになってないです。無理やりです)
ちょっと強引でしたか? 強引グマイウェイでしたか? いやぁ、難しいもんですねぇ、マ尋さん。いろんな意味で。
ところで、日本人の八百万的アニミズム的宗教観からするとクトゥルー神話って、あんまり驚天動地ではなく、良くも悪くもあまり違和感なく受け入れらるような神話体系なのではないかと思っています。だから、アメリカなどでの認識とは本質的に異なっているところがあるのではないかなぁと思っています。
が、そこらへんの近代文化史観的なところは正直守備範囲外なので、間違っていたらゴメンナサイ。でもって、誰か教えてくだっせ。
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